■原村政樹監督からのメッセージ                

 埼玉県南西部(川越市・所沢市・狭山市・ふじみ野市・三芳町など)には、日本でも他に例のない
大都市近郊の平地林が残っています。江戸時代から300年以上に亘って継承されてきた循環農業が今も
息づいています。ひとたび平地林に足を踏み入れれば、まるで高度経済成長以前の村にタイムスリップ
したかのような錯覚に陥ります。江戸時代、不毛の大地であったこの地に、川越藩の財政を支えるため
に、近隣の農家に移住してもらい、コナラなどの落葉樹を植えさせ、平地林と畑をセットにした開拓村
を創設したのです。農民たちは落ち葉を集めて堆肥を作ることで不毛な土地を豊かな農地に変えていき
ました。15年から20年周期で木を伐採し、薪や家の建材としました。伐採した木の切り株からは新たな
芽が出て、それが再び樹木として再生し、林は若返りを繰り返しました。

 この農民自身の手によって造成した平地林が農民たちの暮らしを支え、今も農家の人たちは先祖が残
してくれた貴重な林を大切にしながら作物を育てているのです。農民たちは貴重な平地林を「ヤマ」と
呼んでいます。「ヤマは暮らしに必要なものを分け与えてくれる。ヤマがあるからこそ、人は生きてい
ける」といった、今ではほとんど消滅してしまった日本の基層文化の精神が脈々と息づいているのです。
人間の暮らしばかりではなく、植物や動物、昆虫など、すべての生き物の命を「ヤマ」が支えています。
「ヤマ」の土壌には無数の微生物が生息し、微生物の働きによって生命に欠かせない栄養素が供給され
ているからです。実際、微生物の存在なくして、生命は存続できません。「ヤマ」は命の源なのです。

 その貴重な「ヤマ」が、徐々に失われつつあります。東京という巨大都市の近郊であり、高度経済成長
以後、開発の波が押し寄せ、「ヤマ」は産業廃棄物処理場や倉庫などに転用されています。このままのス
ピードで開発が進めば、あと50年で「ヤマ」は消滅するかもしれない、とも言われています。そんな中、
「ヤマ」の価値を見直し「ヤマ」を守ろうと立ち上がった市民が、農家と手を結んで活動を始めました。

 荒れた「ヤマ」の再生を目指して、老朽化した樹木を伐採するボランティアの人たちは、プロの林業家
顔負けの伐採技術を身に着け、農家には手に負えなくなった「ヤマ」の管理を10年前から続け、今では農
家にとって無くてはならない助っ人となっています。伐採した樹木を建材として家具や調度を製作する木
工作家たちが、雑木と蔑まれている「ヤマ」の木に新たな命を吹き込んでいます。

 300年以上に亘って毎年、欠かすことなく落ち葉堆肥を施してきた世界でも類のない畑の土壌に着目した
土壌学者が初めて調査に入り、科学の力で江戸の循環農業の本質に迫ろうとしています。・・・・などなど。

 そして、後継者難に苦しむ日本の農業の現実とは正反対に、江戸の循環農業を受け継ぐ農家では、20代、
30
代の若い後継者が意欲的に農作業に取り組んでいます。ここは日本でも稀にみる後継者の多い地域です。
若者たちは「親父が楽しそうに農業をしている姿を見て育ったことが、自然と家の農業の後継ぎになった」
と、口をそろえて話します。若い後継者らしく、伝統を受け継ぐだけでなく、未来を展望しながら新しい農
業にも挑戦しています。父親と母親、そして息子夫婦が一緒に畑で働き、常に笑顔が絶えない家族の様子を
見ていると、とてもうらやましくなります。

 この映画で伝えたいことは、単に農業のことだけではありません。家族とは、仕事とは、地域とは、そし
て私たちを取り巻く自然環境とは、といったことを改めて考え直すきっかけとなるような映画を創りたいの
です。ややもすれば殺伐とした現代社会に生きる私たちが人間らしさを取り戻したいとの願いに、ヒントと
なるような作品を目指しています。

 映画完成・公開は平成292017)年の秋を予定しています。ご理解、ご支援をお願い申し上げます。

原村政樹(記録映画監督)    

 

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